同棲中に「もう無理かも」と感じた瞬間の話
同棲を始めてしばらく経った頃、
ふと「このままで大丈夫なのかな」と思ったことがありました。
大きな喧嘩があったわけでも、
何か決定的な出来事が起きたわけでもありません。
ただ、理由ははっきりしないのに、
少しずつ息が詰まるような感覚が続いていました。
相手が嫌いになったわけじゃない。
むしろ一緒にいたい気持ちはある。
それなのに、頭に浮かぶのは「もう無理かも」という言葉。 どうしてそう思うのか、自分でもうまく説明できなくて、それが一番苦しかったです。
今振り返ると、
あの違和感は突然生まれたものではなく、
日々の生活の中で、気づかないうちに積み重なっていたものだったと思います。
当時の自分が何に引っかかっていたのか。
どんな瞬間に「無理かもしれない」と感じたのか。
その感覚を、できるだけそのままの言葉で書いていきます。
この記事は、同棲中に理由のないしんどさを感じている人が、その正体に気づき、心を軽くするための体験談です。
同棲して1年目、理由は分からないけどしんどくなった
同棲を始めて1年くらい経った頃、 はっきりした理由はないのに、なんとなくしんどいと感じるようになりました。
大きな喧嘩があったわけでもない。 相手のことが嫌いになったわけでもない。 むしろ、周りから見たら「うまくいっている二人」に見えていたはずです。
それなのに、家に帰るとなんか気持ちが重い。 「一人の時間がほしい」と切実に願ってしまう。 相手が悪いわけじゃないのに、同じ空間にいること自体が少しずつ負担になっていきました。
「なんでだろう」と考えても、答えは出ませんでした。 生活はそつなく回っているし、決定的な不満もない。 だから余計に、この感情を口に出すのが怖かったんです。
理由を説明できないまま「しんどい」と言うのは、ただのわがままなんじゃないか。 自分の気持ちを信じられなくて、何度も自問自答を繰り返していました。
今振り返ると、あの頃のしんどさは、わがままだったからではありません。 「無理かも」という言葉の正体が、まだ自分の中で言語化できていなかっただけ。
あの時、私の心の中で何が起きていたのか。 少しずつ紐解いてみようと思います。
最初は気にならなかった小さな違和感が、少しずつ溜まっていった
削られていくのは、ほんの「些細なこと」でした
同棲を始めたばかりの頃は、多少の違いなんて気にならず、楽しいだけの毎日でした。 でも、1年という月日は、その「小さな違い」を無視できないものに変えていきました。
一つひとつを取り上げれば、「それくらいで?」と言われてしまいそうなことばかりです。
- 掃除の感覚: 完璧にやりたい自分と、気になったところだけやる相手。
- 家事のタイミング: 洗い物をすぐ片付けたい自分と、後でやりたい相手。
- 生活の音: 自分は静かに過ごしたいのに、相手が流すテレビやスマホの音。
- 不公平感: どちらが多く家事をし、どちらが多くお金を払っているかという、言葉にできないモヤモヤ。
最初は「まあいいか」と笑って済ませられていたことが、毎日、365日続くうちに、少しずつ、でも確実に私の心の余裕を削っていきました。
「怒り」とかではないけれど、小さな違和感が心の奥に澱のように溜まっていく。 その積み重ねが、ある日「もう無理かも」という言葉になって溢れ出しそうになっていたのかもしれません。
「嫌いになったわけじゃないのに」と思う自分が一番しんどかった
正直に言うと、
一番しんどかったのは「別れたいわけじゃない」という気持ちでした。
相手のことが嫌いになったわけじゃない。
一緒に笑えるし、楽しい時間もある。
だから「もう無理かも」と感じる自分の気持ちに、納得できなかったんです。
一緒にいるのがつらい瞬間がある。
でも、離れたいかと言われると、そうでもない。
この矛盾が、自分の中でずっと引っかかっていました。
「嫌いじゃないなら、我慢すればいい」
「続いているなら、問題ないはず」
そんな考えが頭をよぎるたびに、
しんどさを感じている自分を否定していました。
誰かに相談しようとしても、
「仲はいいんでしょ?」と言われそうで、言葉を飲み込んでしまう。
説明しづらい感情ほど、ひとりで抱え込んでしまいます。
今振り返ると、
あの頃の苦しさは、関係の良し悪しではなく、
「この矛盾をどう扱えばいいか分からなかったこと」だったと思います。
別れたいわけじゃない。
でも、このままでいいとも言えない。
その曖昧な状態に立たされている感覚が、
静かに、でも確実に心を削っていきました。
話し合えば解決する気がしなかった理由
今思えば、話し合えばよかったんだと思います。
でも、当時はそう簡単には思えませんでした。
まず、喧嘩になるのが怖かったです。
これ以上空気が悪くなるのは嫌でしたし、
一度ぶつかったら、元に戻れない気がしていました。
それに、重い空気になるのも避けたかった。
せっかく一緒に暮らしているのに、
家の中がピリピリする場所になるのは、想像するだけでしんどかったです。
何より、何をどう話せばいいのか分かりませんでした。
はっきりした不満があるわけじゃない。
「なんとなくしんどい」という感覚を、
どう言葉にすればいいのか分からなかったんです。
理由を説明できないまま気持ちを伝えたら、
相手を傷つけるだけなんじゃないか。
自分が面倒なことを言っているだけなんじゃないか。
そんな不安ばかりが先に立っていました。
だから、話し合いを避けるというより、
どう話せばいいか分からず、立ち止まっていた感覚に近いです。
言葉にできない気持ちを抱えたまま、
「もう少し様子を見よう」と自分に言い聞かせて、
そのまま時間だけが過ぎていきました。
「無理かも」と思ったこと自体が、間違いじゃなかったと今は思う
当時の自分は、
「無理かも」と感じたことを、どこかで悪いことだと思っていました。
同棲を始めたのは自分たちの選択だし、
相手に大きな問題があるわけでもない。
それなのに、しんどいと感じるのはおかしいんじゃないか。
そんなふうに、自分の感情を疑っていました。
でも今振り返ると、
あのとき感じていた「無理かも」は、
間違った感情ではなかったと思います。
何かを決定的に否定していたわけでも、
別れを選ぼうとしていたわけでもなくて、
ただ「このままじゃしんどい」というサインだったんだと思います。
無理かもしれないと感じたからこそ、
自分が何に疲れていたのか、
何を我慢していたのかを、
少しずつ考えるきっかけになりました。
無理だと思ったこと自体が問題だったんじゃなくて、
その感情をどう扱えばいいのか分からなかったことが、
一番つらかっただけだった気がします。
「無理かも」と思う気持ちは、
関係を壊すものじゃなくて、
自分の状態を知らせてくれるものだった。
今はそう思っています。
もし今、
同じように「無理かも」と思いながら検索している人がいたら、
その感情を、急いで片付けなくていい。
当時の自分にも、
そして今悩んでいる誰かにも、
そう伝えられたらと思います。
